人生後半勝負おやじの奮闘記

中年おやじのしくじり人生の振り返りを切々と語るブログです。

そして社会人へ~苦悩の日々・・15

そして私はどうなったのか?


とりあえず南工場が廃業と言う事で私も本社の社員として復帰はしました。


しかし職場は本社では無かったんです。


でどこで働くのか?


そこで社長から言われたのが南に残って今まで通りの仕事をしろと言う事でした。


じゃあ事務所棟は無くなり工場も無くなった南でどうやって仕事をするのか。


それは私も知らなかった旧事務所棟と呼ばれる現事務所棟が建つ前に拠点としていた工場が残っていると言うのです。


そこは現南工場に引っ越す際に知り合いの会社に貸していたそうなんですが2年前に廃業され無人のまま放置されていたそうです。


その会議の後すぐに帝王に連れられその旧事務所棟に行ったんです。


そこは南工場から車で20分ほど走った所にある結構狭い敷地の工場でした。


パット見た感じでは畳20畳ぐらいの広さの工場がぽつんとあるだけ・・。


中はほとんど更地になっていて残っていたのはエアコンとコンプレッサーだけ。


思ったよりは綺麗でしたがそれでもしばらくは掃除に明け暮れなければならないでしょう。


そしてある程度の清掃が終わるとコピーやファックスが出来る複合機??って言うのんですか?


まあそんな機械を設置してもらって椅子と机と棚と冷蔵庫とロッカーとを運んできてようやく私の仕事場が出来上がりました。


それだけのものを工場に入れるとほとんど空きスペースは無くなりました。


それが終わると今度は協力会社さんへの御あいさつ回りです。


帝王と一緒に回りました。


まあやる仕事は変わらないんですが、今度からちょっとした商談や価格等のすり合わせなどを本社に持ち帰って決めなければなりません。


と言うかこの辞令が出るまでは電車で南まで行ってそれからすぐに仕事って感じだったんですが、今はまずは本社に出勤してタイムカードを押して朝の朝礼に出席する。


そしてそれから配送物が有れば積み込んで南(今後新南)まで2時間弱走ってから配送になります。


相当効率悪いです。


更に言うと南廃業に伴い副工場長の役職も消滅しましたから給料ががっつりと減ってしまいましたしね・・。


・・・。


そんな一人ぼっちも若い頃の転勤で経験済みです。


効率は悪いながらも今まで通り・・いやそれ以上に営業先を増やして部品販売部門の方の業績は着々と伸ばせていました。


自画自賛になりますが本当に私の手腕が大きかったと今でも思いますよ。


そんな新南での生活が3年目を迎えた頃。


またまた私宛に辞令が下りるらしいと風の便りで聞きました。


この頃多分40歳ぐらい。


正直 『もうええっちゅうねん・・。』と思ってましたよ。


もう頼むから落ち着かせてくれ・・・てね。


そんなある日朝の朝礼終わりで管理部部長に呼び出されたんです。


会議室に行くとそこには常務取締役と人事部部長・・、そして帝王の姿もありました。


まあ何度もこのシチュエーションを経験してますので直ぐに何かしらの辞令が下りるなって言うのは分かりました。


今度の辞令は一体何だろうか・・?


新南もようやく軌道に乗って来たのにな・・・と思ってましたらまさかの辞令が下りたんです。


苦節16年・・・。


遂に本社復帰の辞令が下りたんです。


24歳で南工場へ左遷同然で放り出されて気が付けば40歳になってました。


南工場の廃業を期に本社へと異動になった先輩方も60歳を超え全員定年退職される事になったそうです。


それと同時に帝王も勇退されると言ってました。


その帝王の後を継いで3年前に本社に発足された第二営業部の係長として本社に戻れると言う事も加えて説明を受けました。


長かったです。


24歳の頃に南への異動を言い渡された時に腐らずに頑張って良かったと思いました。


あの頃の私の様な人間を色眼鏡で見ずに親切にご指導して下さった当時の工場長をはじめ帝王や先輩方に本当に感謝します。


我が社では前代未聞の遅さでの係長昇格らしいです。


係長に推薦される社員は平均して30歳までには辞令が下りるらしいと聞きました。


その頃に推薦されなかった人間はその後ほぼ平社員として定年退職を迎える事になるらしいです。


異例の若さで南に左遷され異例の遅さで係長に昇進・・・。


今現在でも悪い例として若い社員に語り継がれていると聞きます。


係長として本社に復帰出来ましたが同期の連中は課長に次長、一人は部長になってます。


定年退職まであと数年しかありませんがまだ彼らに負けたとは思ってません。


この16年間は我が社の中では誰にも負けないぐらい必死に努めてきた自信があります。


第二営業部の売り上げが大幅に上がっているのが動かぬ実績だと自負しています。


人生かなり大回りして過ごして来ましたが悔いはありません。


本社から一歩も出ずに平穏な社会人生活をしてきただけの同期の連中より遥かに荒波の中をもがき苦しみながら道を切り開いてきた経験は他の誰よりも大きな財産になっています。


その経験を我が部署のメンバーには口を酸っぱくして語っています。


そんな私の考えや思いをしっかりと受け止めて我が部署は前へ進んでいます。


先ほど悔いは無いと言いましたが本当は凄まじいほど後悔しています。


若い頃からこの情熱をもって仕事に取り組んでいたとしたら今頃私の立場はどうなっていたんだろう・・・とか、


若い頃にしっかりと頑張ってもし20代後半から係長になれて、30代中頃には課長になれ、もし今現在部長等になれてたとしてたらもっと家族に楽な暮らしをさせてやれてたのに・・・・。


そう思うとふと涙が溢れそうになる事もあります。


・・・・。


現在50歳。


小学生の頃から現在まで本当に団体生活の中では上手く生活出来ない人生でした。


そんな私が今は社外の方と接し部下を従え陣頭指揮を執る。


人間変われば変わるもんです。


長々と拙い文章で私の人生を振り返ってみました。


それらを書きながらかなり昔の話なのに結構記憶に残っているもんだなと思いましたね。


それだけ心に残る辛い思い出だったんだと改めて考えさせられました。


私と家族の小さな夢を打ち砕いた小学生時代の担任の先生。


理不尽な采配を続けた高校時代の部活の監督。


入社当時に虐めてくれた上司。


当時は本当に恨んでましたが今なら笑いながら一緒に酒でも飲めるでしょうかね?


終わり。