人生後半勝負おやじの奮闘記

中年おやじのしくじり人生の振り返りを切々と語るブログです。

そして社会人へ~苦悩の日々・・12

更に工場長から言われた話。


それは以下の様な内容でした。


・・・。


年に一回行われる大きな会議。


その後で行われる人事異動に関する会議で私は本社復帰を認められたんです。


が、その日の議題は私の本社復帰の件だけでは無かったらしいのです。


そのもう一つの議題と言うのが南工場の高齢化に伴う人員不足の補充と言う議題だったそうです。


以前から社員の募集はかけていたそうなんですが一向に面接に来る人間が居なかったんですって。


そんな時、私の様に内容は違えど中々の問題児が3名ほど本社に存在していたらしく、それならば5年前の私と同様に南へと人員補充と言う名目で異動させると言う内示が出たそうです。


で、私自身の役割をしっかりとこなしながらこの3名の教育係もお願いされたんですよね。


そんな事をお願いされたら流石に断れません。


その問題児3名を何とか立ち直らせてやりたいと思いましたし私が残る事で南の存続の力になれるのならと勝手に自分の立場を美化した私は南に残る事をこの場で返答したのです。


確かこの頃の私は30歳を過ぎた辺り蔵でしたかね・・・。


工場長の定年で帝王が新しく工場長となり、私は副工場長に任命されました。


まあ聞こえは良いのですが、南には工場長と副工場長の2つしか役職はありませんで特に副工場長にはこれと言った優遇は無く基本給が1万5千円ほど増えるだけです。


それでも社会人になって初めて会社から私と言う人間を認めて貰えた瞬間ではありましたね。


そして内示から1か月後、本社から問題児3名が異動して来ました。


ここから私は更に忙しさが増しましたね。



しかしこの私が本社ででは無いとは言え一つの役職を貰ったんです。


自分で言うのもなんですがここからの私は仕事頑張ったと思いますよ。


副工場長になって3年・・・。


本社から来た問題児も立派に南の戦力になってます。


この頃から私は現場から少し離れて南での営業と配送を完全に一任される様になってました。


これには配送先のお得意さんから帝王宛に私の高評価が頻繁に届く様になったのが要因だそうです。


まあそれなりの人生経験がありますから出先のトークでかなりの武器になってます。


そして月日は流れ私は35歳ぐらい・・・。


ここで久しぶりに人生の岐路がやってきました。


続く。