人生後半勝負おやじの奮闘記

中年おやじのしくじり人生の振り返りを切々と語るブログです。

そして社会人へ~苦悩の日々・・10

帝王の下で働く事3年・・。


ここで新たな展開がありました。


少し前にも触れましたがこの南にはほとんどが40歳オーバーの社員しか居ません。


当然50歳オーバーも少なくないんですよね。


そんな時にたった一人で配送部で頑張っておられた定年間近の先輩が腰を悪くされてもう配送の方が無理な状態になったんです。


まあ配送と言えば重い荷物を運ぶ事も多いですから当然腰を悪くされた高齢の社員にこのまま配送を任せると言う訳にも行きません。


早急に新しく配送部員を選出しなくてはならなくなったんです。


新しく‥と言ってもほとんどが高齢者なのでほぼ一択状態で私が新しい配送部員に任命されたんです。


せっかく機械の方が少しずつ動かせるようになった頃だったんで私としては配送より機械の方が良かったんですが状況が状況ですし・・という事で転勤4年目から私は配送の方を任されるようになりました。


入社以来初めて求められての部署移動した事になりますね。


当然最初のうちは先輩に同乗して頂いて道案内と相手先の担当者さんとの顔つなぎ等をして貰いながらの業務をこなしていました。


そんな矢先この先輩の腰痛がかなり悪化し長期の入院となりました。


結局そのまま1年以上入院され、仕事に復帰出来ないまま定年退職されてしまいまして少し寂しかったですね。


で私は配送に移ってから2週間ぐらいから一人で走るようになりました。


初めのうちは時間通りに荷物が届けられなかったりした時はチクチクと嫌味を言われたもんです。


次第に相手先の担当者さん達ともそれなりに気さくなお付き合いが出来る様になる頃にはこの配送と言う仕事も簡単な様で簡単では無いんだなと言う事も知るようになってました。


当然本社工場への配送も度々ありました。


まさか私が配送して来ると思っていないであろう本社の社員は最初はかなり驚いていましたね。


勿論埋まる事の無い確執を抱えた社員も沢山居ましたしその社員向けの荷物も当然沢山ありましたから私がその社員が働いている工場なり倉庫なりに届けに行くんです。


『え・・何でこいつが?』


って顔で私の乗って来たトラックに近寄り私の目すら見ずに荷物を持って行こうとしてました。


本社時代の私ならこう言ってたと思います。


『勝手に持って行くなや!納品書にサインしてから持って行かな後で未納とかの問題があったらややこしいやろがい!!』


と、掴みかかる勢いで言ってたんでしょうね。


でもこの時の私は違ってました。


憮然としながら近寄ってくる社員に自然と挨拶をし、自然と世間話を持ち掛ける様になってたんです。


寒いですね~
本社は忙しいですか?
あれ・・ちょっと太りはったんとちゃいます??


みたいな感じで本当に自然に接する事が出来る様になってました。


そんな私にかなり面食らってた本社の人間も徐々に向こうからも缶コーヒーの差し入れをしてくれたりちょっと向こう(南)の話聞かせてくれや・・みたいな感じで現場事務所等に通して貰って雑談なんかもするようになってましたね。


と言っても全く普通の光景なんです。


でもそんな普通の事が出来なかった私にとっては本当に人間としての成長を感じる出来事なんです。


小学生時代からの悪い部分のみを抜粋してこの記事を書いて来ましたが実は良い部分もあるんですよ。


おこがましいですが実は私、人を笑わすのが素人の割には出来る方なんです。


高校を卒業する時本気で吉本興業の養成所のNSCに履歴書を送ろうかと考えてました。


まあ親兄弟からの強烈な反対で諦めましたけどね。


もし吉本興業に入っていたら同世代にこの様な芸人さんが居たんだと思います。


月亭方正
雨上がり決死隊
フジワラ
ナインティナイン
千原兄弟
宮川大輔


・・・このメンツを相手にして表に出てこれる気しませんよね・・。


・・っと話は戻り、配送先でもちょっとした会話が面白い何て良い評判が出始めましてちょっとづつではありますが普段より多めの注文なんかも頂けるようになってました。


配送の無い日は当然の事、配送が少なく短い時間で南に帰って来た日も直ぐに機械加工部に行き機械の勉強と仕事の手伝い等も自然とやってました。


その頑張りが認められ少しながらも昇給額も多くして貰えたりもしてたようです。


普通の昇給額を知りませんからどれぐらいの額多めに上げて貰えてたのかは知りませんけどね。


・・・。


私なりには頑張って来た南での仕事。


気が付けばあっと言う間に5年が過ぎていました。


そうです、転勤後1回目の勤務評価です。


頑張りが認められたら本社に復帰する事が出来ます。


正直そんな制度が有った事等すっかり忘れてましたけどね。


私が南に移って来た頃からお世話になっている工場長もこの年で定年されるようです。


大きな会議がある為工場長は本社工場へと出かけて行かれました。


その大きな会議の後で本社人事部と本社工場長と南の工場長とで本社から南に転勤する事になる社員が居るか否かと南から本社へと復帰できる社員が居るか否かの会議が行われるそうです。


年に1回行われるこの大きな会議。


その会議に工場長が出掛けて行く時今まで一度も無かったんですがこの年だけ初めて言われたんです。


『本社に行ってくる!』・・と。


その場に一緒に居た帝王も私と同じ事を思った感じでした。


そしてこう言ったんです。


『お前とは今年でお別れかも知れんな・・・。』・・と。


多分こちらの工場長からは本社復帰を勧める提案をして頂けそうな感じで、後は本社サイドがどう判断するかの問題やろうなとも言ってました。


・・・・。


この日も普通に配送を終え南に戻って来ると工場長も既に戻って来られて居たようでした。


で私が帰って来るや否や事務所に呼び出しがあったんです。


複雑な心境だったのを覚えています。


そして事務所に入ると工場長と帝王が座ってました。


いよいよ運命の内示が頂けるか・・って話なんだなと雰囲気で分かります。


そこで私が言い渡された内示とは・・???



続く。