人生後半勝負おやじの奮闘記

中年おやじのしくじり人生の振り返りを切々と語るブログです。

そして社会人へ~苦悩の日々・・7

通称南工場への転勤・・。


本社工場にはもう戻っては来れなくなる完全なる転勤の辞令でした。


この時私は24歳。


この会社での未来を完全に閉ざされた瞬間でした。


・・・。


イライラしたらその度言いたい事は必ず誰であろうと言いたいだけ全て言う。


イライラしたら露骨にその態度を相手に示す。


間違っていると思ったらその指示に従わず自分の思い通りに動く。


小学生時代のあの日以降ずっとこんな感じ過ごして来ました。


学生時代は別にそれでも良かったのかも知れません。


しかし一つの組織に属する一人の社会人としては完全に失格になりますよね。


で、その日会議室で常務から最後に言われた言葉がこうでした。


『南工場への異動は会社の役員会で決定した事や。この辞令は拒む余地は無い。拒むと言う事はどういう事か分かるな?』


・・・。


要するにこの辞令を拒むと言う事はこの会社から出て行けと言う事です。


私は弱々しく『はい分かりました』とだけ発し会議室を出ました。


産まれて初めて味わう感覚・・・。


戦力外通告と言うか邪魔だから排除されると言うかって事ですよね。


正直落ち込みました。


ギャーギャー暴れた所で到底太刀打ち出来ない小規模ながら一応は会社と言う組織と呼ばれる存在から完全に覆いかぶされ押し潰された訳です。


何か体がフワフワ浮いて居る様な感覚でこの日を過ごした記憶があります。


この噂は瞬時に本社中に広がりました。


周りの人間は私を見ながらほくそ笑んで居る様に感じましたね。


数人の同期は心配して声を掛けに来てくれましたが私はそれを冷たく振りほどいて放っておいてくれって感じの態度を取ってました。


本当にクズな男でしたね私は・・。


それでも4人の同期が送別会を開いてくれました。


その席で『向こう(南工場)で必死に頑張ってまた本社に戻って来れる様に頑張れ』と目に涙を浮かべながら言ってくれた男が居ました。


(この4人と言うのが時々書いている釣り関連の記事で登場する4人なんです。)


流石の私でもこの言葉は胸に刺さりました。


あれだけふて腐れて何を言って来ても半分以上は無視してきた彼らが言ってくれた言葉でしたからね・・。


『今まで本当に悪かった、向こうでも頑張ってみるわ』


と言ってこの日の送別会は終わりました。


その日から2か月後私は南工場へと転勤して行きました。


続く。